ニーチェ4 力への意志と複雑系

第4章 力への意志複雑系


 力への意志とは、各々の現象が、その領域を最大化しようした結果、生まれる力関係の勢いをいう。
 たとえば、地球自体は太陽の周りを回ろうとしているのではなく、太陽と地球のもつ自然現象としての引力が存在する結果、地球は太陽の周りを回るようになっただけである。また生物個体では、その体を構成する個々の細胞がそれぞれの働きを遂行する結果、その生物が生命活動を営んでいるように見えるだけである。このような「力」関係は、自然現象に限らず、有機体における栄養・生殖などの生理やまた個人や共同体の行為など、生物無生物にかかわらず、すべてに当てはまる。さまざまな次元、場所において力が働くとき、それぞれの力はその及ぶ範囲や強度、質などを常により大きくしようとし、最大化する。その結果観測される傾向や勢いが力への「意志」である。


 以上のような諸力が互いに拮抗する結果、さまざまな配置が決定される。戦争後の国境決定や、合併によるリストラなどがその例である。この力は、内在的、外発的なリズムをもち、周期的に増大、減少する。体内ホルモンの日内変動、プレートの移動後の地震などである。ニーチェはこうした観点から「神」を位置づけた。「神」とは諸力の極限状態である。しかし、ニーチェによれば「力への意志は生成し終えることはあり得ない」という。力の拮抗が周期的に増減するからである。したがって、最終的な力の極大状態は成立しえず、固定した「神」は存在しない


 力への意志を具体的にいえば複雑系である。ある状態に対して、諸力のルールを与えてやれば、新しい状態に移行する。また、新しい状態は、諸力のルールに従って、さらに新しい状態に移行する。これが延々と続き、終わりはない。例えば、都市Aは、たまたまその場所に平野があり、そこに鉄道が引かれたからたまたま今の形を形成したのであり、平野が山であったら、都市Aにはなりえなかった。すべては偶然の産物でしかないのである。永遠回帰思想はこの点で複雑系に非常に似ている。
 複雑系とは、自身の中で新しい状態を絶えず生み出していく、「自己形成体」「自己組織系」であり、「オートポイエシス」*1と呼ばれる。


 複雑系とは、エントロピー増加という宇宙全体の流れに対して、エントロピーを減少させるメカニズムである。
 宇宙が生まれてから、現在に至るまで、エントロピーは絶えず増大してきた。それに対して複雑系は、一定の構造や秩序を生み出す。複雑系が働かなければ、現在のような秩序ある世界になるはずがないことは容易に想像できる。複雑系があるために、星が回り、都市が生まれ、ひとが定住するようになる。すなわち、エントロピーを減少させようとする。
 複雑系文化を考える上で有用である。それぞれが別々の行動をとっていた個体が、同じ場所に集合して類似する行動をとる。誰かが、何かを提唱し、人々がそれに続く。まさにエントロピーの減少である*2

 
 ニーチェは言う、「いかなる(単独の)意思もない。あるのは絶えずその力を増大し、あるいは喪失する意志の点在だ」。複雑系において、神のような単独の意思は存在しない。すべては偶然の産物なのである。


 ニーチェは、世界に働く「力への意志」を認識できないわれわれに、警鐘を鳴らす。

*1:ポイエシスpoesiesとは「無からの制作=詩」を意味する。

*2:清水博『生命を捉えなおす』(中公新書